エネルギーは、私たちの生活や経済活動を支える根幹であり、社会の成り立ちの前提となるものです。エネルギー(特に電力)施策に求められる基本的な要素は、安全性、安定供給、低コスト、環境配慮などであり、これらを最大化する努力をしているという点においては、各国共通だと思います。
私の出身国であるタイでは、現在のところ火力と水力が発電手段の柱となっています。オイルショック(原油の供給逼迫および原油価格の高騰。1970年代に2度発生した)に見舞われた時期に、タイ湾で天然ガス田が発見され、以降、LNGガス発電が中心となりましたが、燃料として必要量の全てを国内産でまかなえているわけではありません。また、資源枯渇の懸念もあります。一方で、急速な経済成長により、電力需要は増加の一途をたどっています。そんな中、タイ国内では原子力発電の開発計画が何度か議論されてきましたが、2011年3月の東京電力福島第一発電所の事故を受けて、安全性を危惧する声が高まり、遅々として進んでいません。しかし、近年の地球温暖化対策、脱炭素の世界的な潮流を受けて、現実的かつ有力な選択肢、クリーンエネルギーとしてとらえられるようになってきています。
私は、タイの大学で技術管理を専攻していましたが、未来エネルギーとしての原子力、その可能性に大きな関心と興味を持っていました。日本は、世界トップクラスの原子力プラントメーカーを擁する一方、甚大事故に見舞われた国です。原子力とその安全性について勉学/研究するには、日本ほど適している場所はないと考え、東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻(修士課程)に進みました。
私が研究テーマとして掲げているのは、高レベル放射性廃棄物(地層処分における安全評価手法の研究)です。現在、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター(青森県六ケ所村)で厳重かつ安全に管理されている高レベル放射性廃棄物の最終的な処分方法―つまり非常に長い期間にわたって人間の生活環境から隔離する方法について、これまであらゆる可能性が論じられてきましたが、地下深部(地下300メートル以深)に埋設する地層処分が最も適切であろうということが国際的な認識となっており、実際に処分場の建設を始めている国もあります。日本も地層処分を進める方針です。
地層処分は、人工バリア(ガラス固化体→炭素鋼のオーバーパック→締め固めた粘土の緩衝材)、天然バリア(放射性物質を吸着する岩盤)の多重防護により、地下水などを介した放射性核種の移動を抑制するよう設計されています。その安全性を評価する手法の一つとして、放射性核種の移行に関わる現象の理解・解析ならびに評価モデルの開発・構築が求められています。岩盤内の空間分布、あるいはバリア材の相互作用(溶解、腐食、吸着、変質など)や有機物・微生物などの影響を受け、核種がどのように移行していくかを考察していく取り組みです。私は、シミュレーションプログラム(PFLOTRAN、dfnWorks等)を用いて数値解析を行い、核種移行モデルの高度化を試みています。モデル化に向けての不確実性を考慮していくと計算規模が非常に大きくなるなどの難しさがありますが、“既に存在する”高レベル放射性廃棄物の課題解決、その一助になりたいと考えています。
現在、私が勤務する「幌延深地層研究センター(北海道天塩郡幌延町)」は、高レベル放射性廃棄物の地層処分にかかわる技術的な信頼性・安全性に関する研究・開発を行っている施設です。実際に地下350メートルの地点に調査坑道を掘削し(最終的な深度は500メートルを計画)、人工バリアの適用性や性能の確認、また地層中の物質移動などを計測・評価する技術の確立を目指しています。地域の方々の理解と協力を基に運営されており、情報公開による透明性の確保には最大限の努力が払われています。
大学院在学中は、ANEC(未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム)事業を通じて、さまざまな原子力施設、大学・研究機関での研修や見聞の機会を得ました。もちろん幌延深地層研究センターもその一つです。多くの経験は、知見を養うことにつながりましたし、研究のアイデアをもたらしてくれました。まさに“Experience is the best teacher.”です。また、タイ出身の私にとって、研究者ネットワークを築く貴重な機会となりました。
目下の目標は、日本語のブラッシュアップです。本センター地下坑道での作業や実験では、さまざまなバックグラウンドを持つ方たちと共に行動します。日本語でのコミュニケーションが中心なので、もっと勉強しなくてはと思っています。そして、何といっても論文をリリースすること。4年以内の博士号取得を目指しています。
年間平均気温29℃のタイから、年間の平均気温5.8℃、11月下旬から4月上旬まで根雪があるという幌延へ。今年、初めて過ごす冬ですが、周囲の人たちの心の温かさに元気づけられながら、北の大地で、一歩一歩、研究への確かな歩みを刻んでいきたいと思っています。
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)は、原子力の総合的な研究開発機関です。