中性子照射済み材料実習は、茨城県大洗町にある東北大学金属材料研究所附属量子エネルギー材料科学国際研究センターで2022年8 月1 日~ 5日の5日間にわたって開催されました。
原子力材料に関する実習(放射化試料取り扱い操作、機械試験、ミクロ組織観察など)や講義に加えて、JAEA や東海第二原子力発電所の見学を行いました。
私が、学問としての量子サイエンス/量子エネルギーを志すようになったきっかけは、福島第一原子力発電所の事故です。東日本大震災の発災時、私は東京在住の小学5年生でした。連日の報道を通じて、事故がとても深刻であることは理解でき、とてもショッキングな出来事として記憶に刻まれました。難しい問題かもしれないけれど、原子力発電やエネルギーについて知りたい、知識なしに(是非について)発言することはできないと思ったのです。
そもそも原子力発電は、さまざまな意見が寄せられる存在だったと思いますが、震災の過酷事故以降は、懸念する声がさらに高まったような印象があります。エネルギー源としての電気は、快適で便利な現代社会を成り立たせ、発展させるために必須のものです。一方、最近の日本を取り巻くエネルギー環境は、厳しさを増しています。原子力発電も安定的かつ持続可能な電気エネルギーシステムの一つとして考えていく必要があるのではないかと思っています。もちろん事故の反省と教訓に立脚する姿勢が大前提となります。
原子力発電所の安全性や信頼性を向上させる取り組みとしては、設備・機器の堅牢性・健全性といったハード面だけでなく、リスク評価、安全文化、人材教育・訓練といったソフト面など、多岐にわたるアプローチがあります。プラントの構造材料に関しては、長年にわたる知見と実績が積み重ねられる中で、さらなる安全性付与に向けた革新的な技術開発が待望されています。私が研究テーマとして掲げるSiC/SiC(シック・シック)複合材料もその一つです。
SiC(炭化ケイ素)は、耐熱性、耐摩耗性、化学的安定性などに優れる材料ですが、セラミックス特有の脆くて弱いという欠点があります。そこでSiC繊維を強化材として複合化させることで、構造材料としての潜在力を引き出したのがSiC/SiC複合材料です。福島原子力発電所の事故では、燃料被覆管に使用されていた材料(ジルカロイ)が水素爆発等のリスクを高めたと指摘されており、その代替、あるいは補強としてSiC/SiC複合材料を用いることで事故耐性を高めることが提案されています。
SiC/SiC複合材料は、原子炉容器のような中性子照射環境では高純度なSiCコーティングで表面を保護することが模索されています。私はその界面強度の評価を実験と計算の両輪で進めています。私が挑んでいるのは複雑な多軸応力状態における強度評価であり、新規的な取り組みです。この夏には、国際会議で研究成果をポスター発表することが決まっています。研究コミュニティのなかでどう受け止められるのか、今からドキドキしています。
私が所属する研究室では、ほとんどの先輩が、東北大学金属材料研究所附属量子エネルギー材料科学国際研究センター(以下、大洗センター)での実習を経験しており、私も参加するのを楽しみにしてきました。コロナ禍の最中で、感染予防に向けたさまざまな制限が課せられましたが、全国から集った学生さんたちと交流することができました。
実習内容の一つに、透過電子顕微鏡や3次元アトムプローブなどを用いて中性子照射済みの放射化材料(5~6種類)のミクロ組織を観察するというものがあります。初めて触れる先端観察・分析機器の取り扱いには苦戦しましたが、大洗センターに所属する研究者・技術者の熱心で丁寧な指導もあり、進めることができました。損傷ダメージの解析・評価の精度が、研究者の知識や能力に大きく依存することが理解できたのは大きな収穫でした。また、これまで先輩から大洗センターで取り組んだことを聞く機会があっても、うまくイメージできなかったのですが、実際に体験することで「このことだったのか」と納得できました。百聞は一見に如かず、ですね。
SiCは、その優れた特性から航空宇宙材料や半導体としての展開も視野に置かれています。今回の実習で得た知識や技術・手法を自分の研究に生かすことで、可能性の広がりにつなげることができるかもしれません。実習を運営してくださった先生方に感謝いたします。